菓子の開発/製造と水分活性

 ケーキ、焼菓子、チョコレート菓子、キャラメルなど様々な菓子類において、水分活性値は微生物の繁殖性と相関がある為、シェルフライフを把握する為の有用な指標となります。これら菓子類の開発・製造において水分活性値は、微生物繁殖性だけでなく以下のような用途もあります。

・しっとり食感と安全性の両立

・水分移動による品質変化の予測

・キャラメル/ゼラチンの製造

・脂肪酸化の予測

しっとり食感と安全性の両立

 食品に含まれる水分量はその食感・加工性などに大きな影響を与えます。

含水率と水分活性の関係性は複雑ですが、どちらも数値が高くなる程にしっとり・モチモチとした食感になり、数値が低くなる程にカリカリ・サクサクとした食感になります。

 食品の付加価値の1つとして、口溶けの良いなめらかな食感や、噛み心地の良いサクサクとした食感などがあります。前者の特性を生かした食品はロールケーキやバウムクーヘン、生チョコ・生キャラメルやぬれせんべい等などがあり、後者ではポテトチップス、コーンパフ、せんべい等があります。

 これらの食品は製造時の加熱手順や含有成分によって水分活性or含水率をコントロールする事で、一定の食感を持った状態で製造する事が可能です。しかしながら、なめらか・しっとり・モチモチとした食感を有する食品は含水率/水分活性が増える事で微生物の繁殖リスクも高まります。このようなケースにおいては含水率よりも水分活性による管理が非常に効果を発揮します。

 水分活性値は高くなるほど微生物繁殖リスクも高まりますが、それぞれの範囲で予想される微生物に対して適切な対策を行う事で、品質保持期限を予測する事が可能です。食品開発者は製品設計時に水分活性値を工程管理の指標とする事で、なめらかな食感と安定した品質保持期限を両立させる事も可能です。

 なお、酸素吸収剤やアルコール蒸散剤などの品質保持剤を食品に同封する事でカビの繁殖を抑える事も出来ますが、水分活性値の大小によってこの効果・持続時間も変化してしまいます。水分活性値を正しくモニタリングしていないと、想定していた品質保持期限内でカビが繁殖してしまう場合もあります。

水分移動による品質変化の予測

 異なる素材を組み合わせた食品では、素材間の水分移動によって食感の変化や品質の劣化が起こる可能性があります。例えば、シリアル(グラノーラ)とドライフルーツを混ぜて保管しておいた際に、シリアル(グラノーラ)が湿気ってサクサクとした食感が失われてしまい、ドライフルーツが石のように固くなってしまう場合は、ドライフルーツからシリアル(グラノーラ)への水分移動が起きています。また、このような水分移動は、焼菓子⇔チョコレートコーティング、パイ生地⇔パイ具材、ケーキ⇔フルーツなどなど、様々なケースで起こりえる問題と言えます。

 素材間の水分移動が起きる事で生じる食品の品質劣化は、なるべく回避をしたいものです。

 直観的に含水率が高い食材から含水率が低い食材へ水分の移動は起きやすいと思われがちですが、実際は正しくありません。含水率が低い食材から含水率が高い食材に水分が移動する事も充分あります。それでは、異素材間の水分移動を正しく予測する為の指標はあるのでしょうか?

 

 実は異素材間の水分移動は含水率の大小ではなく、水分活性値の大小に従って起こります!

 

 例えば、以下のような食材を組み合わせたとします。

-ケーキ生地(含水率:23.2%、水分活性値:0.755aw)

-キャラメルムース(含水率:15.4%、水分活性値:0.785aw)

この場合、水分移動は含水率の高いケーキ生地からキャラメールムースに向かっては起こらず。水分活性値の高いキャラメルムースからケーキ生地に向かって起こります。

 

 水分活性値の大小は素材が持つ自由水(移動しやすくエネルギーの高い水分)の量に依存しますが、実際は素材が持つ水分の蒸気圧を測定しています。水分は蒸気圧が高い方から低い方に移動する事からこのような現象が起きています。水分の移動は蒸気圧が平衡に達するまで、つまり水分活性値が等しくなるまで続きます。

 以上のように素材の水分活性を把握しておく事で、異素材を組み合わせた際に水分の移動が起こるかどうかを事前に予測する事が可能です。水分移動がリスクとして予想される場合は、次のような対策があります。

①事前に素材同士の水分活性値を近付ける。

↑乾燥や糖・塩などの添加よって水分活性を調整する事が可能です。

②異素材間にコーティングを行い、水分移動を妨げる。

↑バターやチョコレート、アイシングなどでコーティングを行う事で水分移動を妨げる事が可能です。

 

 また、それぞれの素材の水分活性が近い場合は水分移動は起こらないと言えますので、上記のような対策をするコストを削減する事も可能です。

 更に、同じような考え方から、ある食品の水分活性値と保管環境の相対湿度が分かっていれば、製品がその環境において吸湿するか乾燥するかを予測する事も可能です。これは食品と大気の間での水分移動が起きている事になります。

 以下の例ではチョコチップクッキーの水分活性値は0.55awですが、これは相対湿度55%と同等の蒸気圧を持っています。この場合、相対湿度40%の環境ではクッキーは水分を放出して乾燥し、相対湿度70%の環境ではクッキーは水分を吸収する事が予想されます。

キャラメル/ゼラチンの製造

 キャラメルは基本的には牛乳・砂糖・バターを混ぜた状態で熱を加える事で作る事が可能です。これは原料に含まれるタンパク質と糖分のメイラード反応によって生成される褐色物質、香気成分、抗酸化成分を巧みに利用した製法と言えます。

 メイラード反応は非常に複雑な過程を辿りますが、水分活性値が0.6~0.7awの状態で処理を行う事で、反応生成物の収率や反応速度が早まる事が知られています。

 また、スターチなどをゼラチン化させる際には充分な水分が必要ですが、この水分はゼラチン化の過程で起こる加水分解に利用されています。この加水分解は糖類を多量添加した場合には抑制されてしまう事が知られていますが、これは原料に添加された糖分が水分と結合する事で加水分解に利用しにくくなることが原因と考えられます。糖の添加は水分活性値を変化させる為、同様の含水率を持った原料であってもゼラチンの収率が変わってしまう事があります。このような場合も添加する糖の種類や量を調整して水分活性値を調整する事が、収率をコントロールするためには重要です。

脂質酸化による劣化

 食品に含まれる不飽和脂肪酸などの油脂は酸化・加水分解によって悪臭を放つ物質(短鎖脂肪酸など)に変化します。脂質の酸化・変性は食品の品質を大きく下げる原因の1つです。脂質の酸化を防ぐ手法は様々ですが、水分活性値を0.40aw~0.45awに調整する事で脂質酸化の反応速度を低下させる事も可能です。